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1 消耗品ビジネスと互換品
インクジェットプリンターを使用するには、当然ですがインクが不可欠です。そして、インクを使えば、いずれインクはなくなり、消費者はまたインクを買わなければインクジェットプリンターを使えません。したがって、プリンターメーカーにとっては、インク(純正インク)の売上げが大きなものとなります。このように、プリンター本体だけではなく、プリンターを使用するために不可欠なインクという消耗品の販売によって利益を得るビジネスモデルは、消耗品ビジネスと呼ばれることがあります。
この純正インクに対して、プリンターメーカー以外の業者から、互換品インクが販売されています。互換品インクは、プリンターメーカーのプリンターで使用することができ、かつ、純正インクより安価であることがほとんどです。
こうなると、プリンターメーカーにとって、互換品インクはシェアを奪う、大きなライバル商品となります。よって、互換品対策は、プリンターメーカーにはとても重要な課題です。
2 合理的理由のないプリンターの設計変更は独禁法違反(東京地裁判決)
この互換品インク対策に関して、今年の9月30日に東京地裁で判決が言い渡されました(東京地裁令和3年9月30日判決(令和元年(ワ)第35167号))。
本件においては、弊所では、私(弓削田)のほか、河部・藤沼両弁護士が原告ら代理人を務めさせていただきました。
プリンターメーカー(被告)は、同社のインクジェットプリンターを設計変更し、これにより、同プリンターにおいて、純正インクカートリッジ以外のインクカートリッジが使用できなくなりました。そこで、原告ら(互換品インクメーカー及びその販社)は、被告の設計変更が独占禁止法に違反するとして、設計変更の差止めと損害賠償を求めて、東京地裁に提訴しました。
被告がどのような設計変更を行ったかは上記から判決本文に当たっていただくとして、東京地裁は、被告が行った設計変更には技術上の必要性等の正当化理由は認められず、抱き合わせ販売等(独禁法2条9項6号ハ、一般指定10 項)に当たり、不法行為を構成すると判示し、原告一社の損害賠償請求を一部認容しました(差止請求については、原告らが速やかに設計変更に対応できたために「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがある」とは認められないとして棄却)。
3 技術上の必要性・合理性の有無がポイント
上記判決は、プリンターの設計変更自体に違法性があると判示したものではありません。技術上の必要性に伴った変更や、消費者からのクレームに対応した必要な設計変更等は、その結果、互換品が当該プリンターで使用できなくなったとしても、独禁法違反にはなりません。あくまでも、技術上の必要性・合理性等の正当化理由がないにもかかわらず、設計変更等を行うことによって互換品が使用できなくなるような場合に独禁法違反になり得ると判示したものです。
4 独禁法の活用
過去に、プリンターメーカーから特許権侵害訴訟を提起された互換品メーカーを代理したことが複数件あります。その際には、当然、特許権侵害の事実を否認して、特許構成要件の非充足や特許無効を争いましたが、併せて、独禁法違反の抗弁も主張しました。対象特許は、互換品排除を目的とした技術であり、当該技術に基づく特許権の行使は、独禁法違反であって、権利濫用に当たるというものです。この独禁法の抗弁は、判決言渡し期日の前日に当事者間で訴えの取下げの合意が成立したために、幻となってしまいましたが、上記東京地裁判決に鑑みると、個人的には、抗弁成立の請求棄却判決が下されたのではないかと思っています。
このように、独禁法違反の主張は、特許権侵害訴訟等でも活用することができます。
なお、上記東京地裁の審理では、設計変更の技術的意味を裁判官に説明するために技術説明会が開催されました。特許権侵害訴訟ではよく行われる技術説明会ですが、独禁法違反事件では初めての経験でした。特許権侵害訴訟で積み重ねた経験が活かせたのではないかと思っています。
弁護士 弓削田 博