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1 東京地裁でもわずか2件しか係属していない珍しい案件
少し前になりますが、強制執行手続により特許権を取得するという珍しい案件を扱ったので、その感想を記載したいと思います。
なお、以前知的財産の強制執行に関する研修を受けましたが、講師(東京地裁の書記官)の方は、その時点で東京地裁に係属している特許権に対する強制執行案件はわずか2件とおっしゃっていました。それなりに珍しい案件だと思われるので、ご参考になれば幸いです。
2 知的財産権の金銭評価が難しいことへの対応
特許権や商標権のような知的財産権も財産権ですので、強制執行手続の対象となります。土地や建物を強制執行する場合と同じで、原則は競売にかけて金銭化し、債権者はその金銭を受領することで債権回収を図ることになります。
しかし、ある程度相場が形成されている土地や建物と異なり、特許権や商標権には相場といったものが存在せず、権利を金銭評価することが難しいです。これは、金融機関が特許権を担保に融資するであるとか、管財人が商標権を換金するであるとか、知的財産権を金銭評価する場合共通の課題だと思います。
この点、通常の裁判所の民事執行を担当する部署は知的財産権を金銭評価するだけの専門性を有していないため、現在の東京地裁では、弁理士に依頼して鑑定書を取得し(鑑定費用は債権者負担)、鑑定書を参考にして知的財産権の金銭評価を行うという運用になっています。
3 知的財産権の価値評価方法と実際に採用された方法
知的財産権の価値評価方法には、大別して、
① 当該知的財産権から期待される収益(ライセンス料など)に基づいて価値を評価するインカム・アプローチ、
② 当該知的財産権に似ている知的財産権について実際に行われた取引事例を参考にして価値を評価するマーケット・アプローチ、
③ 「営利企業であれば、経済的合理性に基づき、自らの損になるような知的財産権を取得したりはしないだろう。」という前提で、当該知的財産権を取得するのに要したコストを知的財産権の価値と考えるコスト・アプローチ、
の3種類があります。
しかし、当該知的財産権がライセンスされていたり、似たような知的財産権の取引が行われていたりする可能性は高くはありません。したがって、現状、多くの強制執行案件では、コスト・アプローチが採用されていると思われます。
私の担当した案件でも、コスト・アプローチが採用されました。
4 買い手を探すのが難しいことへの対応
不動産であれば競売物件や管財物件を扱う専門の業者もいるくらいですから、買い手を見つけることもそう難しくはありません。これに対し、知的財産権の価値は人によっても全く異なり(自社の業務に関係のない特許権や商標権を取得したいという会社はあまり考えられません。)、知的財産権の売買自体もあまり活発でないため、買い手を探すのが難しいです。
そこで、多くの場合は、債権者自身が買い手となって、債権者は権利を取得できる代わりに評価額分の債権額を減額することになります。
私の担当した案件も、債権額を減らしてその代わりに共有持分を買い取るという形でクローズしました。
5 知的財産権の取引が活発になれば・・・
現状、知的財産権の強制執行では、ただでさえお金を支払ってもらっていない債権者側が鑑定書作成費用も負担しなければなりません。
しかし、最近では、知的財産権売買のプラットフォームを提供するサイト、知的財産権のオークションの場を提供するサイトなどもちらほら見かけます。
知的財産権の取引がもっと活発になれば、こういった不都合もなくなるかもしれません。
(河部)