弁護士ノート

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要件事実と知財訴訟

2021.04.08 弁護士:神田 秀斗 知的財産訴訟

 以前,日本弁理士会の派閥の一つである弁理士クラブにて,「知的財産権の実践的活用のススメ」という講演を担当させていただきました。これは,知的財産権紛争(ライセンス契約交渉等を含む。)を扱うに際しては,民法や民事訴訟法の知識が必須で,これを会得するには付記試験(特許権等の侵害訴訟において,弁理士が弁護士と並んで訴訟代理人となる資格が得られる試験です。必然的に民法・民事訴訟法の知識が問われることになります。)を受けるのがよいですよという内容でした。
やはり訴訟を担当する以上,ある程度の民法・民事訴訟法の知識を備えておくことは重要ではないかと思います。そのため,本稿では,主に弁理士の方向けに,知財訴訟においてよく問題となる民事訴訟法上の問題点,特に要件事実について若干解説したいと思います。

1 要件事実とは
 要件事実とは,一般的には一定の法律効果(権利の発生・障害・消滅・阻止の効果)を発生させる法律要件に該当する具体的事実をいうとされています。具体的な条文に照らしていうと,例えば,民法第96条第1項の詐欺による意思表示の取消でいえば,条文上「詐欺又は脅迫による意思表示は,取り消すことができる。」とされているため,「詐欺」に該当する具体的な行為(例えば,AさんがBさんに本当は効果のない商品の購入を勧誘し,商品を購入させた)等が「要件事実」と言えます。

2 知財訴訟における要件事実とは
 では,知財訴訟における要件事実とは何でしょうか。主に特許訴訟で考えてみたいのですが,特許訴訟において最も重要な条文の一つが特許法第68条です。同条本文は,「特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定しています。すなわち,「業として特許発明の実施」を行った場合に特許権侵害が成立することになりますので,「特許発明の実施」が法律要件であり,これに該当する事実が要件事実ということになります(「業として」は説明から省略します。通常,会社であれば業として行っており,問題となることは極めて少ないからです。)。
では,「特許発明の実施」に該当する具体的事実は何でしょうか。特許発明の実施とは,特許発明の技術的範囲に属する物,方法又は物を生産する方法の発明を実施することに他なりません。そして,この技術的範囲に属するか否かは,基本的には特許請求の範囲の記載に基づいて判断されますので(特許法第70条第1項),被告製品(方法)の構成が,請求項記載の構成要件を全て満たすか否か(オールエレメントルール,文言侵害)により判断されることが分かります。
以上をまとめると,「特許発明の実施」に該当する要件事実とは,「特許請求項記載の構成要件を全て充足する被告製品(方法)を実施すること」と整理できます。

3 自白の対象
 次に,自白について説明します。自白とは,簡単にいえば,当事者間において争いのない事実(民事訴訟法第159条,第179条)をいいます。
そして,自白の効果としては,裁判所に対し,自白された事実をそのまま事実認定の基礎としなければならないという効果(一般に審判排除効といいます。)があります。したがって,裁判所は自白された事実については争点から除くことができるため,弁論準備手続等においては,どの事実が当事者において自白された事実か,非常に注意して見ています。
ところで,自白の対象となる「事実」とは,前述した要件事実(主要事実)を指すと理解するのが一般的です。したがって,例えば,被告製品の構成,特許請求項の構成要件の内容,被告製品の構成が構成要件に相当するか否かについては全て要件事実となりますので,自白の対象です。これはどういうことかというと,例えば,答弁書の認否において「被告製品が,構成要件Aを充足することを認める。」とすれば,裁判所はこれを前提として審理しなければならないということです。
ここは勘違いされる方が多いところなのですが,構成要件を充足するか否かは,「事実」ではなく,「評価」なのだから,自白は成立していないという理解をされる方もいます。しかしながら,前述したとおり,「請求項記載の構成要件を全て充足する被告製品(方法)を実施すること」が要件事実であるとすれば,充足の有無も自白の対象となることは明らかです。したがって,答弁書において構成要件充足の有無に関する認否は非常に慎重に行う必要があります。
他方,構成要件の解釈自体は,まさに「評価」に他なりません。例えば,「テーパー状」の意義について,明細書や公知技術も踏まえれば種々の解釈が可能となるはずですが,これは裁判所の専権事項であり,当事者が自白により裁判所を拘束することはできません。
なお,意匠訴訟において,美感の相違を判断するため,当該意匠の形態における「要部」の認定がなされることが多いですが,これは要件事実か評価かどちらでしょうか。少し考えてみていただきたいと思います。

4 その他
 以上,要件事実について述べてきましたが,要件事実は法律条文ごとに検討しなければならないので,他の規定,すなわち,先使用,間接侵害,損害の推定規定等についても深掘って考えてみると面白いかもしれません。また,「均等論」などは法律に明文規定がありませんので,この要件事実を考えだすと,意外と新たな気づきがあるかもしれません。

以上
(神田)

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