弁護士ノート

lawyer notes

「ものとする。」を使うものとする

2022.12.01 弁護士:神田 秀斗 その他の知的財産関連業務 一般企業法務

 以前、弊所の木村弁護士が、「契約書ドラフティングとPlain Japanese(平易な日本語)〜「ものとする。」の呪縛を解き放つ!〜」というタイトルで熱い記事を執筆しました。

 私自身も契約書は膨大な数を見てきておりますので、木村弁護士の記事に触発された一方、なぜ「ものとする」が使用されてきたのか、意味がない表現なのか深堀りしてみたいと思います。

1.「ものとする」に含まれる意味

 吉田利宏著「新法令用語の常識」(日本評論社、2014年)の46頁以下には、法令上、「ものとする」が使用されている例が紹介されています。これをまとめると、①「しなければならない」よりはやや義務付けが弱く、合理的な理由があればそれに従わないことも許されるという解釈余地がある場合、②語呂のよさ、③解釈上の疑義を避けるための3つです。

 ①は、上記書籍では、親が子供に「明日教材費を先生に渡しなさい」と言う場合には「しなければならない」を使用するという例が紹介されています。つまり、解釈の余地なく、必ず当該義務を履行しなければならない場合には「しなければならない」と起案する一方、契約書において義務を定めているものの一定の範囲で義務履行が免除される場合を含みたい場合には、あえて「ものとする」を使用することが適切ということになります。以下は完全な私のアイデアですが、例えば、NDAにおいて監査条項を設ける場合、被開示者が監査に「協力するものとする」という文言の場合、合理的理由があれば監査に従わない可能性を含むことになります。これは例えば営業時間外(深夜)の監査は除くことを当然に含意しているからだと思います。したがって、被開示者の立場であればあえて修正しないという方針も取り得ることになります(もとより、取引開始の局面で締結されるNDAにおいて、形式的な面で多く修正をかけることは、事業のスピードを削ぐことになるので好ましいこととは考えておりません。)。

 ②については、契約書の起案担当者がよく感じているところではないでしょうか。実際のところ、例えば、契約有効期間の自動更新条項において、「当事者から〇か月前に何らの異議がない場合には、自動的に同一条件にて〇年間更新されるものとする。」という条項はよく見かけるところです。当該条項を「〇年間更新する。」と記載しても法律上の意味は変わりませんが、何となく語呂が悪いように感じてしまうのは納得できるところです。

 ③について、「ものとする」は、確認的な規定によく用いられるかと思われます。例えば、契約期間後の残存条項では、「・・・ただし、〇条は本契約終了後も有効に存続するものとする。」という規定をよくみかけます。例を挙げると損害賠償などは、契約期間後であっても契約期間内に発生した債務不履行責任を追及する手段として用いることができるのは当然ですが、これを「念のため」規定したということを「ものとする」で表現したとみることができます。つまり、「有効とする。」だけの場合、契約期間後は本来有効ではないのに、創設的に有効としたというニュアンスが出てしまいますが、損害賠償の場合はそうではありませんので、「ものとする」を採用していると考えられます。

 以上のとおり、「ものとする」にも一定の意味があることはお分かりいただけたのではないでしょうか。確かに短い文章のほうが読みやすいのは真理ですが、契約書というのは語尾の一字一句まで意味をもって作成されることがあるということは知っていただきたいと思います。

2.給付条項で注意するものとする

 他方で、我々弁護士は和解条項を起案することがあります。その際には、「ものとする」は極力用いません。典型的には支払条項ですが、「〇円支払う」と記載し、「〇円支払うものとする」とは絶対書いてはいけないと習います。給付条項に基づいて強制執行するためには、和解合意に給付意思があらわれていなければならず(裁判所職員総合研究所監修「書記官事務を中心とした和解条項に関する実証的研究〔補訂版・和解条項記載例集〕」(法曹会、2011年))、「ものとする」では確認条項のように見え、執行に支障を来す可能性があるとされているからです。

 勿論契約書は和解調書とは異なりますが、特に当該契約書において当事者のメインの債権債務を定めた部分(例えば、売買であれば、物を引き渡す、代金を支払う等)については、「ものとする」を使用しないことがむしろ重要ということになります。

(神田)

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