弁護士ノート

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独禁法違反を根拠に特許権行使を権利濫用とした原審を覆した裁判例

2022.10.03 弁護士:河部 康弘 独占禁止法 知的財産訴訟

 弓削田弁護士が以前のブログで言及しているとおり、小林・弓削田法律事務所では、いわゆる消耗品ビジネスに関して、技術と独禁法が絡む案件を取り扱っており、私にとっても興味関心の強い分野です。

 少し前になりますが、

原審(東京地裁)  → 特許権行使は独禁法違反で権利濫用
控訴審(知財高裁) → 特許権行使は独禁法違反ではなく権利濫用ではない

と、独禁法違反を巡って原審判決控訴審判決で結論が逆転した事例がありました。
 ちょうど先日弁理士クラブの判例検討部会で発表を担当したので、今回は、こちらの裁判例を取り上げてみたいと思います。

1 消耗品ビジネスとは?
 本体を安く販売して顧客を囲い込み、本体を使用する上で必要になる消耗品を販売することで収益を得るビジネスモデルを、「消耗品ビジネス」ということがあります。ジレット社のカミソリと替え刃の関係が有名ですね。

 このビジネスモデルが確立されているのがプリンタ業界であり、今回扱う裁判例も、レーザープリンタとトナーカートリッジの関係が問題なっています。以下の説明では、本件判決に即して、本体はレーザープリンタ、消耗品はトナーカートリッジを前提とします。

2 消耗品ビジネス特許法・独禁法との関係
 プリンタ業界では、特許法・独禁法の関係が何度も問題になっています。
 私としては、プリンタ業界ばかりで問題になるのは、消耗品ビジネスならではの以下の特徴によると考えています(明確にこうおっしゃっているわけではありませんが、帖佐隆先生がパテントに掲載している論文は、同じ趣旨だと思います。)。

① 純正品メーカーはカートリッジで特許権を取得する
 純正品メーカーが利益を上げるために重要なのは、プリンタ本体ではなく消耗品であるカートリッジを販売すること。カートリッジ市場を、再生品や互換品業者メーカーに取られたくない。そのため、特許権を取得する際には、プリンタ本体ではなく、カートリッジの特許権を取得する。

② 再生品・互換品の構造はプリンタ本体に影響される
 再生品・互換品などの純正品以外のカートリッジメーカーは、プリンタ本体に適合するカートリッジにする必要があるが、カートリッジの形状などは、プリンタ本体による制約を受ける。

③ プリンタに細工をして特許の範囲に追い込むことがある
 純正品メーカーは、プリンタ本体を好きに設計でき、再生品・互換品メーカーはプリンタ本体には手を出せない。そのため、純正品メーカーは、再生品・互換品を排除するため、再生品・互換品が特許権を侵害しないとプリンタがうまく動かないように、プリンタ側に細工をすることがある。

3 どのような場合に特許権行使が独禁法違反になるか?
 特許権と独禁法との関係では、③で述べたプリンタへの細工が、単に特許の範囲に追い込むためのものなのか、技術的に合理的な理由があるのかが争われます。
 大雑把にいうと、プリンタへの細工が単に特許の範囲に追い込むための技術的に意味のないものであり、再生品・互換品メーカーが特許権侵害をしなければ再生品・互換品を製造できない場合には、特許権の行使は、消費者にメリットなく競争を排除して自らが利益を上げるためだけの独禁法が禁止するものとなり、権利濫用になるということです。
 この点は、独禁法違反による権利濫用について審理している以上、原審判決も本件判決も認めていると思われます。

4 注目したい点
 原審判決・控訴審判決では色々なことが検討されています。
 その中で私が注目したのが、「カートリッジの特許権侵害をせずにトナー残量が表示されるようにできるか」という争点について、
ⅰ 原審判決が他の再生品メーカーにもできていないことなどを理由にできないと認定したのに対し(原審判決89〜90頁)、
ⅱ 控訴審判決は、甲73、甲74という純正品メーカー側が提出した証拠によってできると認定した(控訴審判決93頁)
という点です。
 純正品メーカー側からすると、特許権侵害をせずにトナー残量を表示されるようにできると立証できたことは、非常に大きく、原審と控訴審で結論が覆った大きな理由になったのではないかと考えられます。
 なぜなら、独禁法違反になるのは、「純正品メーカーが、再生品メーカーには手出しできないプリンタ側の構造に細工をすることによって、カートリッジの特許権侵害に追い込む」という構図があるからこそであり、特許権侵害に追い込まれずに再生品を製造できるのなら、「ちゃんと特許回避をした再生品を作ればいいだけじゃないか」という話になってしまうからです。
 なお、裁判所HPから入手できる控訴審判決では、侵害回避の具体的な方法については黒塗りとなっています。

5 純正品メーカーにとっては諸刃の剣!?
 しかし、純正品メーカー自身が、特許権侵害にならない方法を再生品メーカー側に教えているのですから、この立証は諸刃の剣です。再生品メーカー側は、過去分の損害賠償はともかく、今後は大手を振って侵害回避のお墨付きを得た再生品を販売できるわけです。
 知財高裁でも独禁法違反と認定されれば、再生品メーカー側から独禁法違反に基づく差止・損害賠償請求をされたり、公正取引委員会から調査に入られたりしたりするリスクがあります。純正品メーカー側としては、これらのリスクを考えれば、今後再生品メーカー側に合法的に再生品を売られて市場を奪われてもやむを得ないと苦渋の決断をしたのでしょう。

6 消耗品ビジネスを巡る特許法・独禁法訴訟の今後の展望 
 今回の判決から、純正品メーカー側に立てば、「プリンタ側に、特許の範囲に追い込むような細工をしたとしても、相手に気づかれない特許回避の方法を用意しておけば、最後にその方法を立証することで、独禁法違反になる確率をかなり低くできる。」といえます。
 逆に、再生品・互換品メーカー側に立てば、「プリンタ側に、特許の範囲に追い込むような細工があった場合には、独禁法違反を主張して純正品メーカーを追い込めれば、純正品メーカーお墨付きの特許回避製品を製造できるかもしれない。」ということになります。
 特に純正品メーカーにとっては、相手に気づかれない特許回避方法をどう残すのかという知財・技術面での検討や、裁判で独禁法違反の主張によって追い込まれた場合に、最終手段として特許回避方法を証明すべきか、するとして時期をどこまで引き延ばせるのかという訴訟戦術など、控訴審判決から考えるべきことは多そうです。

7 プリンタ自体が動かなくなるようなら話はまた違った?
 なお、今回の判決は、再生品を使うとインク残量が「?」になるだけで、カートリッジ自体が使用できなくなるようにしたわけではなく、カートリッジ自体が使用できなくなるプリンタの設計変更をしたわけではありません。
 この点や特許権が絡んでいた点で、以前に私が関与した独禁法違反に基づく損害賠償請求が認められた裁判例よりも、独禁法違反を認めさせるハードルは高かったと考えられます。

(河部)

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