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1.日本商標協会実務研修会での審決クイズ
当方は、数年前から最近まで,日本商標協会主催の実務研修の講師を担当していました。担当部分は,「審判,審決取消訴訟」でした。講義の冒頭,必ず以下のようなクイズを出題していたのです。
「以下の左の商標出願に対して右の登録商標が引用されました。審判・審決取消訴訟での結論はどうなったでしょうか。類似すると思ったら=の印,非類似と思ったら×の印をして下さい。」というクイズです。
正解は,いずれも最終的に(知財高裁で)非類似となりましたので,×です。つまり審査・審判では,類似であると判断されたのですが,審決取消訴訟においては非類似の判断がされたのです。
詳細は,以下の審決取消訴訟の判決要旨と判決をご覧下さい。
① 平成19年(行ケ)第10172号判例要旨
平成19年(行ケ)第10172号判決(知的財産高等裁判所)
② 平成 23年(行ケ)第10174号判例要旨
平成 23年(行ケ)第10174号判決(知的財産高等裁判所)
③ 平成 23年(行ケ)第10252号判例要旨
平成 23年(行ケ)第10252号判決 (知的財産高等裁判所)
非類似と知財高裁が判断した理由はそれぞれ違っていますが,「海葉」と「海陽」の判決では,「外観と観念の相違が称呼の共通を凌駕する」から両商標は類似しないと判断しています。
このような審決取消訴訟の判決が続いたことが原因なのかわかりませんが,その後,特許庁商標審判部では,審査段階で拒絶査定となった商標を非類似として登録する審決が増加しました。つい最近の審決例では,左の出願商標に対して右の2つの登録商標が引用されて一旦拒絶査定となりましたが,審判にて登録となっています。指定商品は同じです。
理由については,いずれもほぼ同じです。
「以上よりすると(原文ママ),本願商標と引用商標は,称呼において共通するとしても,外観において明瞭に区別できるものであって,観念において相紛れるおそれのないものであるから,これらの外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合的に考察すれば,両者は相紛れるおそれのない非類似の商標であるというのが相当である。」(不服2020-000001号)
知財高裁における「外観と観念の相違が称呼の共通を凌駕する」ではなく,「外観,称呼,観念」+「総合観察」によって判断するという理由です。つまりたとえ称呼が同一でも総合的に観察して非類似になるという判断です。当方は,「外観,称呼,観念」のいずれか1つが類似であれば類似だという考えで長い間実務を経験した者なので,なかなか納得がいかないのですが。
2.審決の統計表をみても,審判での登録化傾向は高い
審判で非類似と判断されて登録される傾向は年々強く,特許庁の2020年の年次報告書統計によりますと,拒絶査定を受けた後,審判請求をして商標において登録審査の結果と異なり,審決において登録とされた件数は538件です。登録率は538÷(538+285)=65%,となります。実に高い登録率です。
なお,特許についても同じことがいえるようで,上記の表ですと,特許の拒絶査定不服審判における特許率は,4995÷(4995+2332)=68%となっています。
このような審判での登録率が高くなってきたことが原因と思われますが,審決取消訴訟の新件数は徐々に減少し,今は10年前より半分以下となっています。(引用:知財高裁統計資料より)
3.裁判所の商標類似判断との違いには要注意
ところで,商標権侵害訴訟においても一番争点になるのが商標の類否です。上記の審決の例がそのまま侵害訴訟における裁判所の判断としても同様か,というとそうではありません。
特許庁の審査・審判では非類似と判断される場合であっても,侵害訴訟の場で,裁判官が同じような商標の類似判断をするかというとそれは違います。
当方の経験からしますと,特許庁での非類似の登録例を多数列挙し,侵害訴訟においても同様に,外観の違いが称呼を共通していても凌駕する,とか総合観察すれば非類似である,と主張しても,「両商標は類似である」と判断されたケースが結構あります。そして,この裁判所の判断は心証開示によってなされ最終的には和解で終了するケースが多く,判決として公にはならないのです。
4.まとめ
まとめますと,次の2点です。
第1は,商標の出願をし,審査段階で拒絶査定となっても,諦めず審判で争うと意外に登録となるケースが多いこと(諦めないこと)。
第2は,裁判所における商標の類否判断は特許庁の類似判断と一致するとは限らないので,慎重に考えるべき,ということです
以上
(弁護士・弁理士 小林幸夫)