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1 「裁判体の心証形成と当事者の主張の在り方について」
以前掲載した弁理士会・二弁合同研修のコラムに引き続き、弁理士会と二弁の合同研修に触れたいと思います。今回は、清水先生の「裁判体の心証形成と当事者の主張の在り方について」です。
2 裁判官の心証の取り方
裁判を抱えている当事者にとって、判決を下す裁判官がどのように考えているのか、裁判官はどのような準備書面を好むのか、といったことは、非常に気になる事項ですし、それは代理人となる我々弁護士も同様です。
我々弁護士の場合、裁判官と同じ司法修習を受けていますし、裁判官出身の弁護士の先生が「裁判官はどう考えるのか」といったテーマで講演をやっているのを聴く機会も多いので、一般民事訴訟については、裁判官の心証形成の仕方やどんな準備書面が裁判官にとって良い準備書面なのかといった点について、ある程度理解していることが多いと思います。
例えば、「準備書面は短い方が裁判官に好まれる」といったことは、弁護士のほとんどが理解しています。しかし、弁護士以外の方にとって、裁判は非日常であり、裁判官の思考回路をよくご存じの方は少ないのかと思います。
地裁での特許権侵害訴訟の場合、「基本は双方の主張立証が終了した後に、裁判所調査官も交えて(法律上の問題点は除く)裁判官全員の合議により確定的な心証を形成する」、「ただし、毎回の期日の前に簡潔な合議を行い審理途中でも暫定的な心証が形成される⇒訴状の請求原因とその後の数回の具体的反論の交換を介してかなりの心証が決まる」、「暫定的ではあっても一度形成された心証を変更させるのは難しい⇒訴訟の早期の主張立証が重要となる」、知財高裁の場合、「控訴審では原判決が、審決取消訴訟では審決が、既に存在しており、それに対する控訴理由、審決取消事由自体で裁判所の心証が形成されることも多い」(いずれも当日の配布資料)といった具体的なことが、長年知財部の裁判官として知財高裁の所長まで務められた清水先生から直接聴け、私個人としても非常にいい機会でしたし、弁理士会の研修として企画してよかったなと思います。
ちなみに、私が一番記憶に残っているのは、控訴審は原判決、審決取消訴訟では審決が存在するという話の際に、審決について、「判決より若干信頼度は下がりますが、審判官が判断をしている以上、5個も6個も取消事由があるということは基本的にないと考えられ、たくさん取消事由が主張される場合には、主張の方がおかしいのではないかと思う。」という趣旨のことをおっしゃっていたことです。裁判官は、やはり同じ裁判官の判断の方が、審判官の判断より信頼できると考えているのですね。このあたりのリアルな感覚は、例えば地裁の心証開示と審決予告で判断が分かれたときにどうするかなどの判断に役立ちそうです。
3 知財の裁判官は一般民事の裁判官でもある
面白いなと思ったのは、清水先生のお話が、「知財を扱う裁判官の育成」というところから始まり、「我が国では、知財以外の事件も担当し、幅広い法的知識を基礎として一定分野に偏らない知見を得ることが、裁判官の育成にとって重要と考えられている。したがって、前記のような知財裁判所と通常裁判所との交互の勤務を繰り返す方式(リピート方式)により、知財を専門的に扱う裁判官を育成している」という話になったことです。
この話を聴いて、判例時報2138号の瀧澤孝臣元知財高裁判事の記事に、「知財訴訟を担当していると、再三、技術が分かるのですかという質問を受ける。裁判官は素人という思いからであるが、反面、知財訴訟が訴訟であることを失念しているようである。その理解なくして訴訟に勝てる道理はない。技術の専門性を理由に訴訟に素人であることは許されない。もとより裁判官は訴訟の専門家であって、素人ではない。関係者も知財訴訟が訴訟であることを肝に銘じて取り組む必要がある。裁判官は素人という非難が自らが訴訟を理解していなかった責任を転嫁するものであってはならない。」と記載されていたのを思い出しました。
小林・弓削田法律事務所では、知財以外の一般民事事件も取り扱っており、特に新人弁護士の時期はなるべく幅広い業務を経験させるという方針を取っているのですが、上記のようなお話からすると、私自身は知財に携わる弁護士として恵まれた教育を受けてきたのかなと思いました。
4 オンラインで受けられるかも?
研修からだいぶ経ってしまいましたが、非常に面白い内容であり、そのうち弁理士会の継続研修の内容になるのではないかなと思います。このご時世ですしオンラインでも聴けるようになるはずですので、そうなった場合、二弁との合同研修には参加できなかった弁理士の先生には、ぜひ受講することをお勧めします。
(河部)