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先月の知財業界は、属地主義に関する最高裁判決、医療関係の大合議判決と、注目されている事件の判決が続きました。
今回は、属地主義に関する最高裁判決について、地裁から最高裁までの判決内容を整理してみたいと思います。大合議事件の上告審について、最高裁で口頭弁論が開かれたということで、「これは結論が変わるのではないか?」と話題になっていた件です。
1 事件が2つある?
「大合議事件の上告審の判決」だと思って判決を確認しに行ったら、ほぼ同じ内容の判決が2つ出ています。令和5年(受)第14号及び第15号事件(以下「先行事件」といいます。)と、令和5年(受)第2028号事件(以下「後行事件」といいます。)です。
「何故ほぼ同じ内容の判決が2つ出ているのだろう?」と思って調べてみたら、先行事件では特許が特許第4734471号を扱っているのに対し、後行事件では特許第6526304号を扱っており、属地主義という争点は同じだけれど別の事件が2つ係属していたからのようです。
知的財産高等裁判所のHPに掲載されている東京地方裁判所令和元年(ワ)第25152号事件判決及び知的財産高等裁判所令和4年(ネ)第10046号事件大合議判決では、確認したところ、特許第6526304号についての審理がなされていました。
では特許第4734471号の事件はどこに行ったのかというと、知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10077号事件、原審は東京地方裁判所平成28年(ワ)第38565号事件で審理されていました。
大合議事件に対する最高裁判決ということで注目されていましたが、「大合議事件に対する」というのは後行事件についてのことであり、先行事件は大合議で審理されているわけではなかったということです。
2 先行事件の第一審からの流れ
先行事件の第一審からの流れを整理すると、
① 東京地裁では、属地主義の原則の話は争点になっておらず、
② 知財高裁が、
「したがって、問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう『提供』に該当すると解するのが相当である。」(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10077号事件判決134頁下から6行目以降)
として、属地主義の原則に一部修正を加え、
③ 最高裁が、
「我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、プログラム等が、電気通信回線を通じて我が国の領域外から送信されることにより、我が国の領域内に提供されている場合に、我が国の 領域外からの送信であることの一事をもって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、上記の提供が『電気通信回線を通じた提供』(特許法2条3項1号)に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における『電気通信回線を通じた提供』に当たると評価されるときは、当該行為に我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。そして、この理は、特許法101条1号にいう『譲渡等』に関しても異なるところはないと解される。」(先行事件判決3頁8行目以降)
として、知財高裁の結論を肯定した、
という流れです。
3 後行事件の第一審からの流れ
後行事件の第一審からの流れを整理すると、
① 東京地裁が、
「物の発明の『実施』としての「生産」(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する『物』を新たに作り出す行為をいうと解される。また、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する属地主義の原則(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)からは、上記『生産』は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。したがって、上記の『生産』に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。」(東京地方裁判所令和元年(ワ)第25152号事件判決105頁9行目以降)として、属地主義の原則を貫き非侵害と判断、
② 知財高裁が、
「これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の『生産』に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・ 役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の『生産』に該当すると解するのが相当である。」(知的財産高等裁判所令和4年(ネ)第10046号事件大合議判決73頁17行目以降)
として、属地主義の原則に一部修正を加えて侵害と判断、
③ 最高裁が、
「我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、また、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合に、我が国の領域外の行為や構成を含むからといって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、当該システムを構築するための行為が特許法2条3項1号にいう『生産』に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に 我が国の領域内における『生産』に当たると評価されるときは、これに我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。」(後行事件判決3頁7行目以降)
として、知財高裁の結論を肯定した、
という流れです。
4 先行事件と後行事件の時系列的な整理
先行事件と後行事件の地裁、高裁最高裁の判断を時系列で整理すると、
①先行事件の地裁では、そもそも属地主義についての判断なし(平成30年9月19日)→②後行事件の地裁では、属地主義の原則を貫く(令和4年3月24日)→③先行事件の高裁では、属地主義の原則一部修正(令和4年7月20日)→④後行事件の高裁は大合議で判断され、属地主義の原則一部修正の高裁判決を踏襲(令和5年5月26日)→⑤最高裁が大合議判決を肯定(令和7年3月3日)、という流れになります。
先行事件の第一審の事件番号は平成28年となっているので、最高裁の判決まで9年を要しています。代理人の先生方もご苦労されたことと思います。
なお、先行事件の知財高裁までの代理人には、宮川美津子先生が入っていました。現在の最高裁判事です。狭い世界ですね。
「知財系の弁護士である宮川先生が最高裁判事になられたことで、知財の最高裁判決が増えるのかな?」と思っていて、今回の最高裁判決に宮川先生の名前がなかったのでちょっと意外だったのですが、弁護士時代に代理をされていた事件だから(民事訴訟法23条1項5号は、事件について当事者の代理人であったときは、職務の執行から除斥されるとしています。)なのかなと思いました。
弁護士 河部 康弘