著者
弊所では特許権侵害訴訟を受任する機会が多く、システム特許についての訴訟も権利者側、被疑侵害者側それぞれの立場で争ったことがありますが、システム特許の場合、発明の実施に被疑侵害者以外の第三者の行為が介在する場合があります。そのような場合には、技術論だけでなく、誰が直接侵害の主体になるのかという点がしばしば争われます。
従来から、第三者の行為が介在することのみをもって侵害責任を免れることは妥当ではないという価値判断の下、いわゆる道具理論や支配理論などにより直接侵害が認められてきました。昨年のドワンゴ大合議判決(知財高判令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号))は、いわゆる域外適用の問題について、属地主義の原則を維持しつつ、日本国内における「生産」行為の概念を広げる判断を示したものとして注目されておりますが、域外適用のみならず直接侵害の主体についても重要な判断をしております。
域外適用の問題については、特許庁において、特許発明の「実施」行為の一部が日本国外で行われた場合であっても、一定の要件を満たした場合には国内の行為と認められる旨明文化する方向で進められており(令和6年6月27日付「特許庁政策推進懇談会中間整理」)、特許法改正により決着が図られると考えられます。
そのため、本稿では、域外適用の観点よりも、直接侵害の主体の認定に主眼をおいて大合議判決を取り上げます。
1 問題の所在
問題の所在として、一般的に、システムの発明は、システムの提供者側の構成だけでなく、利用者側の構成を含むことが多いので、発明の実施は、提供者と利用者という複数の主体によって行われることになります。そのため、利用者が発明の実施に関与しているにもかかわらず、提供者による実施と認定してよいのかどうかが問題となります。
2 システム特許に関する裁判例
システム特許に関して侵害主体が争われた代表的な裁判例としては、眼鏡レンズ供給システム事件(東京地判平成19年12月14日(平成16年(ワ)第25576号))と、インターネットナンバー事件(知財高判平成22年3月24日(平成20年(ネ)第10085号))があります。
眼鏡レンズ供給システム事件においては、システムの発明が発注側コンピュータと製造側コンピュータとを含んでいるため、システムの発明の実施主体を製造側の被告と捉えてよいのかが争われました。東京地裁は、「特許権侵害を理由に、だれに対して差止め及び損害賠償を求めることができるか、すなわち発明の実施行為(特許法2条3項)を行っている者はだれか」という点について、「構成要件の充足の問題とは異なり、当該システムを支配管理している者はだれかを判断して決定されるべきである」とし、「被告が被告システムを支配管理している」ことを理由に、被告による直接侵害を認めました。
インターネットナンバー事件においては、方法の発明がクライアント側で実施される工程とサーバ側で実施される工程とを含んでいるため、方法の発明の実施主体がクライアントであるのか、サービスを提供する被控訴人であるのかが争われました。知財高裁は、「本件発明に係る『アクセスを提供する方法』が提供されている限り、クライアントは、被控訴人方法として提供されるアクセス方法の枠内において目的の情報ページにアクセスすることができるにとどまるのであり、クライアントの主体的行為によって、クライアントによる個別のアクセスが本件発明の技術的範囲に属するものとなったり、ならなかったりするものではないから、クライアントの個別の行為を待って初めて『アクセスを提供する方法』の発明である本件発明の実施行為が完成すると解すべきでもない。」として、サービスを提供する被控訴人による直接侵害を認めました。
このように、従来の裁判例では、実質的な発明の実施主体を規範的に認定することにより、システムの提供者を直接侵害の主体と認定してきました。
3 ドワンゴ大合議判決
ドワンゴ大合議判決は、サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるシステムの発明について、日本国外に存在するサーバと日本国内に存在するユーザ端末からなるシステムを新たに作り出す行為が、上記発明の実施行為として、特許法2条3項1号所定の「生産」に該当するとされた事例として注目されておりますが、この点だけでなく、発明の実施にユーザの行為が介在する場合であっても、サーバを設置、管理する事業者が直接侵害の主体になると認定した点についても注目すべきものです。
具体的には、大合議判決において、侵害品であるシステムの生産に、①ユーザがユーザ端末のブラウザ上で所望の動画を表示させるためのウェブページを指定することと、②ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押すことが必要とされるため、生産の主体を被控訴人FC2と捉えてよいのかが争われました。
大合議判決は、上記のユーザの各行為について、「被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるものにとどまり、ユーザ自身が被告システム1を『生産』する行為を主体的に行っていると評価することはできない」と判示しました。そして、「被控訴人FC2が、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを設置及び管理しており、これらのサーバが、HTMLファイル及びSWFファイル、動画ファイル並びにコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末による各ファイルの受信は、ユーザによる別途の操作を介することなく、被控訴人FC2がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、被告システム1を『生産』した主体は、被控訴人FC2であるというべきである」と判示しました。
つまり、被控訴人FC2が設置、管理するサーバによって各ファイルをユーザ端末に送信し、自動的にユーザ端末が各ファイルの受信する処理が行われるため、ユーザがウェブページを閲覧して、動画の再生ボタンを押すことが必要だとしても、直接侵害の主体はサーバを提供する被控訴人FC2であると認定しました。
4 コメント
ドワンゴ大合議判決においては、システムを生産する際に、ユーザによるウェブページの指定と再生ボタンの押下が必須であるため、ユーザの行為なくしてはシステムを生産できないので、この点を捉えれば、被控訴人FC2による生産を認めることは難しくなります。しかし、ドワンゴ大合議判決は、ユーザの各行為が被控訴人FC2の管理するウェブページの閲覧を通じて行われるものにとどまると評価しており、ユーザの行為は被控訴FC2の管理下で行われるものにすぎないと一蹴しています。この評価は、支配理論に親和的な認定だと考えられます。
そして、サーバの設置、管理は被控訴人FC2により行われていることを重視し、各ファイルの送受信が自動的に行われることから、実施主体は、被控訴人FC2と認定しました。
ドワンゴ大合議判決においては、侵害主体に関する一般的法命題は示されず、個別具体的な事情に基づいて、直接侵害の認定を行っているので、事例判決に属するものと考えられますが、今後、直接侵害の主体を検討するに当たっては、指針となる判決だと考えられます。
ドワンゴ大合議判決からすれば、知財高裁において、第三者の行為が介在することのみをもって侵害責任を免れることは妥当ではないという価値判断が維持されていると考えられますので、システム特許においてユーザの行為が介在する場合であっても、発明の実施主体は事業者であると認められる可能性が高いといえます。
このように、システム特許の侵害訴訟において、間接侵害を用いずとも、直接侵害が認められやすくなったという点では、システム特許の分野におけるプロパテント傾向を示すものではないかと考えられます。
弁護士 平田 慎二